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先日、息子があまりにも部屋を片付けずに次から次新しいおもちゃを出しては散らかしていたので、「10分以内に片付けろ!残っていた物は捨てる!」と叱ったんだけど。
あまりにも散らかりすぎていたので、いつもの調子だと絶対無理だと思っていたら、息子が自分で「暮らしの中に修行有り、暮らしの中に修行有り」とか言い出して、一生懸命片付けて10分以内に片付け終わった。
これまでになかった事だったのでびっくりした。
それ以降、子供に約束して守らせるべき事は全部「暮らしの中の、激獣拳の修行」という位置付けにして、「この修行をやると、どうなる」というのもちゃんと説明した上で(たとえば、指を舐めるのをやめるのは、体の中にバイ菌が入らないようにして強い体を作る修行、とか)、「暮らしの中に修行有りじゃぞ」の合言葉で全部守らせるようにした。
以前のように声を荒げて怒ったり罰を与えなくても、子供もおもしろがって前より比較的言う事を守るようになったし、こっちもイライラする必要がなくなってなかなか楽しい。
2009-04-29 (via gkojay) (via pipco) (via hsgn) (via yutaiguchi) (via kojimajunya) (via 100p) (via toyolina) (via bawxxx) (via txhxt) (via eoma) (via highlandvalley) (via abgk) Via be simple be bold
以前、小学校に入った年の子供がいきなり「もうこれから何もいいことが起こらないような気がする」と泣き出したのを聞いて、ぎょっとしたことがある。
クリスマスとお正月が過ぎ、三学期が始まったばかりの頃だった。楽しいことが終わって寂しくなったのか、学校で何かいやなことがあったのかと思ったのだが、その子はつぎの日高熱を出した。インフルエンザを発症したのだ。
大人であれば、風邪の引き初めの「何かだるいような感じ」「なんとなく普通ではない感じ」と表現したのだろうが、その「感じ」を六歳の子は、「これから何もいいことが起こらない感じ」と表現した。つまり彼にとっての〈世界〉は、未だ身体と心が別物ではない、風邪に罹った身体の不調は、未来への不安として知覚されたのだ。
わたしたちは「言葉」を介して世界とふれあっている。わたしたちが目で見ているのは、「ものそのもの」ではなく「言葉」であり、「音そのもの」ではなく「言葉」であり、感覚といわれるものですら「暖かさ」「静けさ」「穏やかさ」という言葉を感じているのだ。だが、もしかしたら「痛み」「不快」「不調」「不安」という言葉での分節を知る以前の赤ちゃんにとっては、何もかもが同じことなのかもしれない。
わたしは以前から眠くなった赤ん坊や幼児が泣くのが不思議でならなかった。眠たければ寝ればいいのに、何をいったいぐずぐず言っているのだ、と、眠くてぐずぐず言う弟を見て腹を立てたものだった。だが、彼にとっては、「痛い」のも「眠い」のも、あるいは母がそばにいなくて「不安」なのも、全部同じものとして感じられているのかもしれない。眠くてぐずぐず言うのを、母が抱き取って「よしよし、眠いんだね、ねんねんよ」ということで、「眠い」という分節を知り、転んで泣き叫ぶのを「よしよし、痛かったんだね、お薬をつけようね」と言いきかせて「痛い」という分節を知る。「言葉」を使うこととふるまうことが一緒に示されることで、赤ん坊は言葉の世界に入っていく。そうして言葉の使い方をある程度は知っている六歳の子は、その不安=不調を言葉でそう表現したのだ。
言葉の世界の住人であるわたしたちは、もはや言葉によって分節されなかった世界がどんなものか、想像すらできない。「わたしの身体」「わたしの手」「わたしの足の指」などというように、そんな「身体」を所有している「わたし」が身体とは別にどこかに存在しているかのような気持ちでいる。
けれど、疲れているときのものの見方は疲れていないときとはちがうし、アグレッシブな音楽を聴いていると、自然と気持ちは高揚する。気持ちに対しては嘘はつけても、身体をだますことはできない。風邪を引いたりしたときは、おそらく身体が真っ先に気づくのだ。けれど、言葉で身体と意識を隔ててしまっていると、言葉を使わない身体の声は聞こえない。身体の声を聞く回路というのは、おそらく大人になってしまえば、意識的に作り上げていかなければならないものなのだろう。
– 鶏的思考的日常 ver.28 (via tnmemo) Via fujicco2 on tumblrヤル気を出させて「続ける」コツは、脳をだますこと。
やる気の秘密は脳の「淡蒼球」にあり、この球が活性化しているときがやる気が出ている状態。
でも、淡蒼球は自分の意識では動かせない、無意識の部分にある…
だから周りを巻き込んで騙すしかない!そのためのスイッチが4つ!!というのが、本書を通しての主張です。
スイッチの4つは…
スイッチB:Body(体を動かす)
スイッチE:Experience(いつもと違うことをする)
スイッチR:Reward(ごほうびを与える)
スイッチI:Ideomotor(なりきる)
親から子へ、「やる気」のヒント。 - 教育・受験に携わる社員として~「和顔愛語 先意承問」 (via 4kshike) (via pinto) (via konishiroku) (via kyokutyo) (via voqn) (via nemoi) (via usaginobike) (via tra249) (via motomocomo) (via takaokiyosida)
2012-01-08
(via quote-over100notes-jp) (via mcsgsym) (via fujicco2)
Via fujicco2 on tumblrよく女性の出生率トータルで語られることが多いですが
実は、
結婚後の1人あたり出生率は1972年から2005年までさほど変わっておらず
目立って減少しているのは、婚姻数。
“絆”による結婚増加はウソだった!?2011年婚姻数は戦後最低。|人材系シンクタンク研究員 本日の雑感 (via otsune
)
Via be simple be bold前にコーラの中にUSBのケーブルの先を沈めてしまった。それ自体は良くあるけど、そのケーブルが刺さっていたWindowsが「新しいデバイスを認識しました」…コーラだよ!
慌ててケーブルを取り出して水気を取っていると「新しいデバイスを利用可能です」コーラ使えるのか!
釣りをするとなれば、誰でも狙うのはもちろん大物の魚。ところが先日、米フロリダ州の海で釣りをしていた男性は、沖合で思わぬ“大物”を拾い上げた。その“大物”とは、海を必死に泳いでいた犬。岸から1キロ以上も離れた場所で遭遇した犬に、男性は手を差し伸べて自分のカヤックに乗せたのだが、なぜそんな場所まで泳いできたのかわからず困惑したという。そして後に、この犬は精神的なショックが原因で海に向かったことが判明したそうだ。
1月7日、大好きな釣りを楽しもうと身内がいるフロリダ州サラソタを訪れたのは、ワシントン州に住むロリー・オコナーさん。「アジを釣りたかった」(米放送局CBS系列WTSP-TVより)という彼は、すぐそばのメキシコ湾に向けてカヤックを出し、沖合約1マイル(約1.6キロ)の地点で釣りをしていた。この日は「全然釣れなかった」と釣果に恵まれなかったそうだが、その最中に思わぬ動物と遭遇し、大いに驚いたという。
そのときの一部始終はカヤックに取り付けていたカメラが記録していた。動画は「Sometimes when you’re fishing, strange things happen…like, dogs swim up to you」(http://www.youtube.com/watch?v=qX6UhgboDgc)のタイトルでYouTubeに投稿されている。
海の上で1人、カヤックに乗って仕掛けをいじるオコナーさんは、何かに気付いたように後ろを振り返ると、岸のほうから犬が1匹近付いてきた。このとき「何でこんなところに犬がいるんだ??」と不思議に思った彼は、そばに寄ってきた犬をカヤックに救助。犬はずっと「震えていた」ため、オコナーさんは「寒いのか」と心配していた。
そのためか、動画内でオコナーさんは頻繁に犬の体をタオルで拭いてあげている。そしてすぐに釣りを中断して岸へと戻ることに決め、自分の後ろでじっと縮こまっている犬を気に掛けながら、必死にペダルを漕いで岸に向かった。
岸に到着後、「海を泳いでいたのだから、ひょっとすると辺りを探せば飼い主を見つけられるかもしれない」と考えたオコナーさん。しかし、岸について少しずつ犬の異変に気付きだした。呼び掛けても犬は何かに怯えるような仕草を見せ、一向にカヤックから降りようとしない。そこで促すようにしてやっとカヤックから浜辺へ降ろすと、しっかり歩けない様子から「足にケガをしている」ことがわかったそうだ。
結局、岸で飼い主も見つけられなかったオコナーさんは、犬の治療のため動物病院へ。そこで埋め込まれたIDチップが調べられ、犬は“バーニー”という名前だとわかった。また、飼い主の情報も判明し、思わぬ出会いはこれにて一件落着――となるはずだったのだが、彼とバーニーを結びつけたきっかけが、その直前に起きた悲しい事件にあったという事実をオコナーさんはニュースで知ることになる。
実はこの日の午後、バーニーは飼い主の53歳の女性に連れられ、サラソタの街を散歩していた。ところが、その最中に交通事故に遭遇。22歳の男が飲酒運転で女性とバーニーをはね、「標識、電柱などにぶつかり」(米紙サラソタ・ヘラルドトリビューンより)停車。その結果、飼い主の女性は命を落とし、車を運転していた男はケガを負ったものの逮捕されたという。この話を知ったオコナーさんは「バーニーはできるだけ現場から離れたくて」泳いできたのではと考えるに至った。そして救助の際にバーニーが震えていたのは、寒さのせいでなく「多くのストレスを抱えていたからだ」とも。
その後、バーニーは女性の家族に引き取られて大事にされているそうで、ワシントン州の自宅に戻ったオコナーさんも、バーニーが「(無事に)家族のもとに戻ることができて嬉しい」と安堵しているという。
– 沖釣りで犬と遭遇しビックリ、海を泳いでいた“悲しい理由”とは。 | Narinari.com (via petapeta) Via JUDO Chop



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